正規店の店員さんは、お客様の服を見ていません。見ているのは、靴とアクセサリーです。
株式会社TBTの田畑と申します。ブランド卸の会社でエルメスを4〜5年担当したあと、独立しました。今はエルメス専門の買取と販売をしていて、年間の取引は5億円ほど、月に50〜100点を見ています。仕入れ先の業者さんや元スタッフの方と話す機会が多いので、店頭で誰がどう見られているのかは、断片的にですが耳に入ってきます。
この記事は、身だしなみを整えましょうという話ではありません。すでにエルメスを何点も持ち、店頭に立つときの装いなど当然考えておられる方に、そんな説教は失礼です。お伝えしたいのは、その先です。店員さんが「この人は転売目的かどうか」を、どこを起点に判断しているのか。その基準の話をします。
服と鞄は、判断材料にならない
理由は単純です。服と鞄は、その日だけ揃えられるからです。
借りることもできる。プレゼントでもらったものかもしれない。一点だけ奮発して買ったのかもしれない。店頭に立つ数十分のために用意された装いなのか、日常の延長なのか、服と鞄では区別がつきません。
だから見ない、というより、見ても分からない。実際、転売目的で来る人ほど、鞄だけは立派なものを持ってきます。それは店員さんも知っています。
一方で、靴とアクセサリーは日常が出ます。
靴は履き慣れているかどうかが歩き方に出ますし、手入れの跡が残ります。かかとの減り方、革の落ち着き方。その靴と何年つき合ってきたかが、そのまま形になっています。アクセサリーも同じで、普段からつけている人と、今日のためにつけてきた人とでは、身体との馴染み方が違う。触り方、置き場所、指の動き。
服や鞄は、一度の決断で手に入ります。靴とアクセサリーは、日々の小さな選択が積み重なった結果としてそこにある。だから隠せない。
これは、買い取る側にいると身に染みて分かります。査定でお預かりする品を並べると、その方がどういうお金の使い方をしてきたかが、こちらが聞く前に出てきます。持ち手の握り跡、内側の擦れ、金具のくすみ方。大事に使い込まれた一点と、買ったきり寝かされていた一点は、まるで違う顔をしています。付属品の残り方ひとつでも、ものとの付き合い方が透けます。
私たちは品物からそれを読み、店員さんは店頭に立つ数十分からそれを読む。見ている場所は違いますが、読み取ろうとしているものは同じです。
結局のところ、店員さんが見ているのは「この人は、普段からこの水準で暮らしているのか」という一点です。その答えが一番出やすいのが、靴とアクセサリーだった。それだけの話です。
店員さんが見ている順番
私が聞いてきた範囲で、判断の流れを図にするとこうなります。上から順に見られ、上にいくほど「取り繕えないもの」です。
シグナルになりやすい装い
大きなロゴの入った服
スポーツ用のスニーカー
大きめのリュック・キャップ
手入れの追いついていない靴
日常に見えやすい装い
履き込まれた上質なパンプス
控えめで質の良いジュエリー
ロゴに頼らないワンピース
手ぶらに近い身軽さ
※ 業界の中で言われている傾向です。店舗・担当者によって差はあります。値段の高さではなく、日常として身についているかどうかが見られています。
この構造を、私は良いものだとは思っていません。装いで人を選り分ける仕組みですから、気持ちのいい話ではない。ただ、そういう見方が現に働いている以上、知らないまま何年も通うより、知っておいたほうがいいと考えています。
店員さんが、そこまで警戒する理由
なぜここまで見られるのか。買い取る側にいると、その理由がよく分かります。
私たちのところには、正規店で買われたばかりの品が入ってきます。箱もリボンもそのまま、ショップカードもついたまま。買った翌週に業者へ流れてくる品を、月に何度も見ます。正規店の店員さんからすれば、自分が接客して、自分が出した一点が、数日後には別の場所で値札を付け替えられている。それが実際に起きているわけです。
だから、警戒します。転売目的の人を一人通すたびに、本当に欲しかった方の一点が消えていく。店員さんの立場では、そう見えています。
逆に言えば、店頭で判断されているのは人格ではありません。「この鞄は、この人の手元に残るのか」という一点です。靴とアクセサリーを見るのも、自分の話を聞きたがるのも、突き詰めればその確認をしているだけです。
高い靴を履けばいい、という話ではありません
ここを取り違えると、方向がずれます。
店員さんは値札を見ているわけではありません。おろしたてのハイブランドの靴で来店しても、それは「今日のために買った靴」に見えます。むしろ、値段より不自然さのほうが目につく。
逆に、何年も履き続けて手入れの入ったパンプスは、それだけで日常の証明になります。判断されているのは金額ではなく、その水準で暮らしているかどうか。だから、無理をして買い足す必要はありません。すでにお持ちのもののなかで、いちばん自分の生活に馴染んでいる一足を選ぶ。それが正解に近いはずです。
装いが整っていないから断られている方は、実はそう多くありません。多いのは、整っているのに、本人の意識の外で一点だけ引っかかっている場合です。
いちばんよく聞くのが、荷物です。仕事帰りに立ち寄って、書類の入る大きなトートをそのまま提げている。子どもの用事のあとで、荷物の入るリュックのまま入店する。ご本人にとっては当たり前の日常ですし、服も靴も申し分ない。それでも、あの大きさの入れ物を持って高級店に入ってくる人には、店員さんはどうしても身構えます。持ち帰る前提で来ているように見えるからです。
次が、ロゴです。ロゴが大きいものは、単体では悪くありません。ただ、他ブランドの主張の強いロゴを重ねると、ブランド品を見慣れている人ほど「集めている人」の輪郭に見えてきます。集めることと、転売することは違うのですが、店頭の短い時間では区別されません。
どちらも身だしなみの問題ではなく、生活の都合が服装に出ているだけです。ただ、店員さんにはそこまで見えません。エルパトの日は荷物を小さくして、手ぶらに近い状態で入る。それだけで、消えている減点がいくつかあります。
装いが整った人が、最後に落ちる場所
靴もアクセサリーも申し分ない。それでも案内されない方がいます。
足りていないのは、理由です。この人はなぜ、今日ここに来て、その鞄を欲しがっているのか。それが店員さんに伝わっていない。
装いは「転売ヤーではなさそうだ」までしか運んでくれません。「この人のための一点だ」と思ってもらうには、言葉が要ります。
私が阪急梅田のヒルトン一時店舗に行ったとき、店員さんにこう話しました。
「2年前に独立して、仕事がやっと軌道に乗ってきたので。自分にもいいバッグを一つ持っていいかな、と思って」
売り込みでもお願いでもありません。ただ、自分がなぜここにいるのかを話しただけです。その日は結果として、ハンドバッグを出してもらえました。
そして、案内されたバッグには必ず革の種類があります。トゴなのか、エプソンなのか。その一言で、数年後に手放すときの値段は変わります。案内された革が業者の目にどう映るかは、エルメスの革の種類にまとめました。
読者の方であれば、話せることはいくらでもあるはずです。仕事の節目に自分へのご褒美として。長く持てる一生ものを探していて。家族との記念に。どれも、作る必要のない話です。すでに理由があってエルパトを続けておられるのですから、それを口に出すかどうかだけの差です。
店員さんの側から見れば、転売目的の人は絶対に自分の話をしません。話す動機がないからです。だから、生活の話が出てくるだけで、判断は大きく傾きます。
よくある質問
エルメス以外のブランドを身につけて行ってもいいですか?
問題ありません。全身をエルメスで揃える必要はなく、見られているのは日常的に身につけているものかどうかです。他ブランドの上質な靴でも、履き込まれて手入れが行き届いていれば十分に伝わります。逆に、この日のために買ったエルメスの靴は、おろしたてであることが見えてしまいます。気をつけたいのは、ロゴの主張が強いものを重ねることくらいです。
店員さんに見られていると思うと、緊張してしまいます
身構えるほどのことではありません。値踏みされているというより、この人の日常はどのあたりかを推し量られている、というくらいの話です。すでにエルメスを何点かお持ちなら、普段どおりの装いで足りています。無理に格上げしたほうが、かえって不自然に映ります。
スニーカーは絶対にだめですか?
絶対ということはありません。避けたいのはスポーツ用の、いかにも動きやすさを優先した一足です。荷物を運びに来た人に見えるからです。同じスニーカーでも、革素材で日常に馴染んでいるものなら印象は変わります。
自分の話は、どのタイミングですればいいですか?
会話の流れの中で自然に出せば十分です。挨拶がわりに身の上話を始める必要はありません。商品を見ながら、なぜ探しているのかを一言添える。私の場合はアクセサリーを見ている流れで、独立して仕事が落ち着いてきたという話をしました。売り込む言い方にならないことのほうが大事です。
見られているのは、その日ではなく日常です
正規店の店頭で起きているのは、来店した数十分から、その人の普段の生活を逆算する作業です。
だから、その日だけ整えても届かない。逆に言えば、すでにエルメスを何点も持ち、日常の水準がそこにある方は、実はもう条件を満たしています。足りないのは、それが伝わる形になっていないことだけです。
履き慣れた靴で行く。いつものアクセサリーをつける。そして、なぜ今その鞄を探しているのかを、ひとこと話す。
それだけで、見え方は変わります。


