正規店で「こちらのお色はトゴ、こちらはエプソンになります」と言われて、正直よく分からないまま、色だけで選んでいませんか。
株式会社TBTの田畑と申します。ブランド卸の会社でエルメスを4〜5年担当したあと、独立しました。今はエルメス専門で買取と販売をしていて、月に50〜100点を見ています。年間の取引は5億円ほど、継続してやり取りしている業者は20社ほどです。
毎日エルメスの革を触っている側から言うと、革の種類は「好み」の話であると同時に、はっきり「値段」の話でもあります。同じバーキン30、同じ色、同じ金具でも、革が違えば業者が出す金額は変わります。
先に言っておきますが、自分で長く使うなら好きな革を選んでください。この記事は「どの革が優れているか」を決める話ではありません。案内された革が、業者の目にはどう映っているのか。その一点だけをお伝えします。
業者の人気順は、ほぼ揺るぎません
オーソドックスに市場へ出てくる革の中で、業者が高く買う順番は、だいたい決まっています。
1番がトゴ。2番がエプソン。3番がトリヨンクレマンス。
この並びは、業界の中ではほとんど共通認識になっています。誰かが決めたわけではなく、売れる速さと売れる値段が、毎年この順番に落ち着くというだけの話です。私が卸にいた頃から今まで、この順位が入れ替わったのを見たことはありません。金具の相場が年に2〜3回ひっくり返るのとは、まるで違います。
ではなぜ、この順番になるのか。革ごとに見ていきます。
3つの革は、何がどう違うのか
トゴ|傷が目立たない、という強さ
トゴは、細かいシボ(革の表面の凹凸)がある、柔らかい革です。
業者が一番高く買う理由は、地味です。傷が目立ちにくいから。
私たちが査定でまず見るのは、角のスレと、面の擦り傷です。そこが減点になる。ところがトゴは、シボの凹凸が細かい傷を拾ってくれるので、多少使っていても状態が落ちて見えにくい。数年使ったバッグを買い取るとき、トゴだけは「思ったより綺麗ですね」となることが本当に多いんです。
買い手の幅も一番広い。柔らかすぎず、硬すぎず、どのサイズにも合う。次に売るときに困らない革を、業者は高く買います。それだけの話です。
業者にとって一番怖いのは、在庫が動かないことです。仕入れた品が3か月動かなければ、その分の資金が寝る。だから私たちは無意識に「早く次の買い手がつく革」を高く見積もります。トゴの1位は、品質の勲章というより、換金のしやすさの結果です。
エプソン|硬さが、25サイズに効く
エプソンは型押しの革で、目が細かく、硬さがあります。
この硬さが、型崩れのしにくさになります。だからバーキン25やケリー25のような小さいサイズによく使われますし、実際そのサイズだと、エプソンのほうが人気が上に来ることもあります。小さいバッグは形が命なので、へたらない革が強い。
ただ、硬い革は傷が入ると分かりやすい。角に一度スレが出ると、そこだけ白っぽく残ります。買い取る側としては、状態の差が出やすい革だと思っています。綺麗なエプソンは強い。傷ものになると、トゴより落ち込みます。
トリヨンクレマンス|柔らかさで、好みが割れる
トリヨンクレマンスは、トゴよりさらに柔らかく、シボも大きめの革です。
ふんわりと落ちる表情が好きで、この革しか買わないという方もいます。私も、この革の30サイズが持つ空気感は好きです。
それでも業者人気が3番目になるのは、柔らかさゆえに形が落ちやすいから。年数が経つと、サイドがくたっとしてくる個体が出てきます。次の買い手の好みも分かれる。この2つが重なって、トゴやエプソンよりわずかに下、という位置に落ち着きます。
誤解のないように書いておくと、3番目でも「オーソドックスな革の中の上位3つ」です。この3つから外れた革のほうが、出口ではよほど厳しい。
恥ずかしい話をひとつ。私はこの夏、トゴだと思い込んで仕入れた1本が、トリヨンクレマンスだったことがあります。書類には素材がちゃんと書いてあったのに、写真の印象で「これはトゴだろう」と決めつけて、確認を飛ばした。現物が届いて、あれ、と。100万円ほどの品が、いまも手元で塩漬けになっています。毎日革を見ているプロでも、思い込みで見るとこれをやります。だから買う前に、店頭でもタグでも、革の名前は必ず口に出して確認してください。
細かいシボ/柔らかい/傷が目立ちにくい
どのサイズにも合い、買い手の幅が一番広い
型押し/硬め/型崩れしにくい
バーキン25など小さいサイズで強い。傷は目立つ
大きめのシボ/トゴよりさらに柔らかい
表情は好まれるが、形が落ちやすく好みが割れる
※ バーの長さは業者間での引き合いの強さの目安です。色・金具・サイズ・状態で前後します。25サイズに限ればエプソンがトゴを上回る場面もあります。
エルメスの主な革の種類|業者の目で一覧にすると
ここまでの3つが、市場でよく出るオーソドックスな革の上位です。ただ、店頭ではそれ以外の革も案内されます。エルメスの主な革の種類を、業者の目線で一覧にしておきます。自分で長く使うなら好きな革でかまいませんが、いつか手放す可能性があるなら、頭の隅に置いておいて損はありません。
| 革の種類 | 特徴 | 業者から見た一言 |
|---|---|---|
| トゴ | 細かいシボ・柔らかめ・傷が目立ちにくい | 上位。買い手の幅が広く、換金が速い |
| エプソン | 型押し・硬め・型崩れしにくい | 上位。小さいサイズで強い。傷は目立つ |
| トリヨンクレマンス | 大きめのシボ・さらに柔らかい | 上位。表情は好まれるが形が落ちやすい |
| ヴォー・スイフト | きめ細かくほぼスムース・発色が良い | 数が少なく値が読みにくい。傷は入りやすい |
| ボックスカーフ | 艶のあるスムースレザー・クラシック | 状態差が出やすく、綺麗な個体でないと伸びにくい |
| フィヨルド | 大きめのシボ・厚みがあって丈夫 | タフだが、重さと好みで買い手が絞られる |
| エバーカラー | しっとりした質感・発色が良い | 小物で見かける。値は買い手の好み次第 |
| バレニア | ヌメ革系・経年変化を楽しむ・希少 | 読みにくく、好きな買い手がつくかで決まる |
| エキゾチック(クロコダイル等) | 別格の素材と価格帯 | 相場が別テーブル。下記のとおり切り離して考える |
並びの上3つ以外は、良し悪しではなく「次の買い手が読みにくい」というだけの話です。市場に出る数が少ない革ほど、好きな人に当たれば強く、当たらなければ動きません。色・金具・サイズ・状態でも前後します。
エキゾチックレザーは、別の世界の話です
クロコダイル、オーストリッチ、リザード。いわゆるエキゾチックレザーは、ここまでの3つとは切り離して考えてください。
定価も中古相場も、桁が違います。業者間の値段も別のテーブルで動きます。オーソドックスな革の順位づけを、そのまま持ち込んでも意味がありません。
そして、正規店でエキゾチックのバーキンを案内されるのは、トゴのバーキンを案内されるよりはるかに遠い道のりです。最初の1本を目指している段階で、ここを追いかける必要はないと思っています。
抱き合わせで革小物を選ぶときの基準
ここが、この記事で一番使ってもらいたいところです。
バーキンやケリーを案内されるまでの実績づくりで、財布や小物を勧められる場面があります。そのとき、色とデザインだけで選ばないでください。革を見てください。
トゴ、エプソン、トリヨンクレマンス。この3つの中から選んでおけば、あとで手放すときに沈みにくい。逆に、名前を聞いたこともないような革の財布を勧められて、深く考えずに買ってしまうと、業者の査定で「この革だと、あまり値段がつきません」と言われることになります。
財布であれば、シルクインシリーズとベアンシリーズが値持ちします。この2つを、トゴかエプソンで。そこまで指定できれば、実績づくりで消える金額はかなり小さく抑えられます。
店頭で聞くのは簡単です。「これは何の革ですか?」と一言。革の名前が返ってくれば、その品が数年後にどう扱われるかは、だいたい見えます。買う前に聞くのと、買ったあとにタグを見て知るのとでは、取り返しのつき方が違います。
もっとも、革を選べるのは案内されたあとの話です。その一歩手前、エルメス正規店に行くときの服装で店員さんが見ているところも、あわせて知っておいて損はありません。
好きな革を選んでいい。ただ、知ってから選んでほしい
ここまで業者の目線ばかり書いてきたので、最後に反対のことを書きます。
自分で持つバッグなら、好きな革を選んでください。柔らかいトリヨンクレマンスの表情に惚れているなら、それを選ぶべきです。買取の順位に自分の好みを合わせにいくのは、順番が逆だと思っています。エルメスは投資商品ではなく、持って嬉しいから買うものです。
私が言いたいのは、こういうことです。案内されたバッグが「トゴです」と言われたとき、それがどういう革で、業者の目にどう映るのかを知ったうえで「はい、お願いします」と言えるかどうか。知らずに頷くのと、知って頷くのとでは、同じ買い物でも意味が違います。
正規店の店員さんは、革の説明はしてくれても、その革が数年後にいくらで動くかは教えてくれません。教える立場でもない。だから、そこだけは外から補ってください。
よくある質問
トゴとエプソンの違いは、見ればすぐ分かりますか?
触れば一発です。トゴは押すと少し沈み、シボが不揃いに散っています。エプソンは硬く、型押しなのでシボの目が規則的に並びます。写真だけで見分けるなら、シボの粒が「ばらついている」のがトゴ、「整列している」のがエプソンだと覚えておくと、まず外しません。
バーキン25なら、エプソンとトゴのどちらを選ぶべきですか?
25のような小さいサイズは形が命なので、型崩れしにくいエプソンが選ばれる場面が多く、業者間でも引き合いは強いです。ただ、傷が目立ちやすい革でもあります。毎日ラフに使う予定があるなら、トゴのほうが数年後に綺麗な顔をしています。使い方で決めていいところです。
革の種類で、査定額はどのくらい変わりますか?
革だけで何割も変わるわけではありません。サイズ、色、金具、状態、付属品。その全部の掛け算で値段が決まります。革はその中の一項目です。ただ、同じ条件のバッグが2つ並んだときに、先に売れて、先に値段がつくのはトゴです。その差が積み重なると、無視できない額になります。
ヴォースイフトやバレニアなど、他の革はどう見られていますか?
市場に出てくる数が少ないぶん、値段が読みにくい革です。好きな方が見つかれば強い値段がつきますし、見つからなければ動かない。トゴのように「いつでも誰かが買う」という安定感はありません。自分で使うために選ぶなら止めませんが、実績づくりの抱き合わせとして選ぶ革ではないと思います。

