エルメスのバッグには、製造された年を示すアルファベットの刻印が入っています。この刻印が、毎年2月に切り替わります。
たった1文字の話です。けれど買う側から見ると、この1文字が変わる前後で、中古市場に出てくる品の量と値段が動きます。12月から1月にかけて、私たち業者は手元の在庫を出し渋る。その一方で、年末年始のセールに合わせて安く放出される品もある。同じ時期に、逆向きのことが起きています。
株式会社TBTの田畑と申します。ブランド卸の会社でエルメスを4〜5年担当したあと独立し、今はエルメス専門で買取と販売をしています。年間の取引は5億円ほど、月に50〜100点を見ています。売る側の都合を、買う側の役に立つ形で書きます。
刻印は「いつ作られたか」を教えてくれる
エルメスの刻印は、そのバッグの製造年を示すものです。アルファベット1文字が、製造された年に対応しています。
私たちが中古のバーキンやケリーを買い取るとき、まず見るのがここです。革の種類、色、金具、状態。そして刻印。何年に作られた個体なのかで、値段の付け方が変わります。同じトゴのバーキン30でも、製造年が違えば別の商品として扱われます。
ここで、アルファベットと年の対応表を期待された方には申し訳ないのですが、私はその表を書きません。年代によって表記の仕方そのものが変わってきていますし、業界の中でも「この年はこう」と断言しづらい部分があります。ネットに出回っている表を私が書き写しても、あなたの役には立ちません。
買う側にとって本当に効くのは、対応表を暗記することではありません。この刻印が「毎年2月に切り替わる」という事実のほうです。
だから業者は、12月〜1月に売り渋る
刻印が切り替わるということは、市場の中で「古い刻印」が1年ぶん増えるということです。去年までの刻印が、今年の刻印から見て一段前になる。そのタイミングで、中古の相場は動きます。新しい刻印の個体が市場に出始めれば、そちらに注目が集まる。古い刻印の個体は、相対的に見え方が変わります。
この動きが毎年2月に起きるので、業者は在庫の持ち方をそれに合わせます。ここからが、業界の中の話です。
刻印が切り替わる直前、つまり12月から1月にかけて、私たち業者は手元の商品を売り渋ります。理由は単純で、切り替わったあとに出したほうが高く売れることが多いからです。あと2ヶ月待てば値が付く品を、今わざわざ手放す理由がない。業者間の取引でも、この時期は「もう少し持っておきます」という返事が増えます。
減る理由は、もうひとつあります。私たちの仕入れ先です。業界では買い子と呼んでいますが、そこから入ってくる数も同じ時期に少なくなります。エルメス本体から市場に出てくる量も、この時期は落ちる。売り渋りと仕入れ減が重なるので、玉数の痩せ方は思っているより大きいです。
この売り渋りは、1年の査定カレンダーの一部です。夏に査定が守りに入り、秋口に戻るという季節の動きも含めて、エルメスの売り時に売る側の視点でまとめています。
業者が抱え込めば、市場に出てくる玉が減ります。12月から1月にかけて、中古のエルメスは流通量が一時的に落ちます。「最近いい個体を見かけないな」と感じる時期があるとしたら、それは偶然ではありません。買う側から見て探しにくくなるこの時期は、売る側が意図的に手を止めている時期でもあります。
流通量が減る
切り替わる
相場が動く
※ 業界の中で見えている傾向です。年によって程度は変わりますし、人気の型・革・金具の相場は別の要因でも動きます。
一方で、年末年始に安く出てくる品がある
売り渋る時期に安く買える、というのは矛盾して聞こえると思います。けれど、実際にそうなります。
業者やブランドショップにも、年末年始という区切りがあります。売上のイベントを打つ。棚を入れ替える。ここで一度、抱えている在庫のうち「これは今のうちに捌いておきたい」という品を出すことがあります。刻印を待って値上がりを狙う品と、待たずに現金化したい品は、同じ店の中でも分かれるのです。
だから、ブランド中古の販売店や質屋の年末年始のキャンペーンには、思わぬ良品が混じります。バーキンやケリーがいきなり半額になる、というような話ではありません。ただ、状態の良いピコタンやエヴリン、ガーデンパーティのような品が、平時より通しやすい値段で出ることはあります。
正規店で買えないなら中古でもいいから良いものが欲しい。そう思っている方は、この時期のセール情報を意識して追ってみてください。玉数は減っているのに、値段が緩む品がある。その一点だけを見ていれば十分です。
正規店は、値引きをしません
念のため書いておきます。エルメスの正規店は、こうした値引きを一切しません。年末だろうと年始だろうと、定価です。
つまり「エルメスを安く買える時期」という話は、正規店の話ではなく、2次流通の話です。正規店に通っている方にとっての年末年始は、値段が動く時期ではありません。ただ、店頭に人が増える時期ではあります。
買う場所が2つある、と考えたほうが早いと思います。正規店では、定価で、案内されるかどうかを競う。2次流通では、値段と玉数を見ながら、良い個体を拾う。時期の話が効いてくるのは後者だけです。
刻印を、買う側の武器にする
中古でエルメスを買うとき、刻印の見方が分かっていると、店との会話が変わります。
「これは何年の個体ですか」と聞ける人と、聞けない人。売る側から見れば、この差は分かります。分かっている人には、雑な説明ができません。逆に、革の名前も刻印も気にせず値札だけを見ている方には、正直なところ、店側が説明する動機が生まれにくい。
私自身、買取で持ち込まれた品を見るときは、刻印と革と金具と状態を、そのままお客様に説明します。なぜこの値段になるのか、根拠がないと納得していただけないからです。買う側でも同じで、根拠を聞ける人のところに、良い個体は集まります。
月に50〜100点を見ていて思うのは、エルメスを長く楽しんでいる方ほど、値段より先に「これはいつの、どういう個体か」を聞いてくる、ということです。相場を当てにいっているのではありません。自分が手に入れるものの素性を、きちんと知っておきたいだけです。その姿勢が、結果として損をしない買い方につながっています。
よくある質問
エルメスの刻印を見れば、製造年が分かるのですか?
はい。エルメスのバッグには製造年を示すアルファベットの刻印が入っていて、その1文字で何年に作られた個体かが分かります。この刻印は毎年2月に切り替わります。ただし年代によって表記の仕方が変わってきているので、ネット上の対応表を鵜呑みにするより、購入する店に「これは何年の個体ですか」と直接聞くほうが確実です。
刻印が古いと、価値は下がりますか?
刻印だけで決まるものではありません。私たちが買い取るときは、革の種類、色、金具、状態、そして刻印を合わせて見ます。製造年が古くても状態の良い個体は評価しますし、新しくても傷や型崩れがあれば値は落ちます。刻印は判断材料のひとつであって、それ単体が価値を決めるわけではありません。
エルメスを安く買えるのは、何月ですか?
正規店では、いつ行っても定価です。値引きはありません。安く買える可能性があるのは、ブランド中古の販売店や質屋のほうで、年末年始のイベントに合わせて捌きたい品が安く出ることがあります。ただし同じ12月〜1月は、業者が2月の刻印切り替わりを待って売り渋る時期でもあり、市場に出てくる玉数そのものは減ります。
刻印が切り替わる2月まで待ったほうが、良い個体に出会えますか?
選択肢の数だけで言えば、2月以降のほうが増えます。業者が抱えていた在庫が出てくるからです。ただ、値段が下がるとは限りません。相場が動いたあとに出てくるので、上がる品もあります。「玉数が欲しいなら2月以降、値段の緩みを狙うなら年末年始のセール」という使い分けが現実的です。
1文字を知っているかどうか
刻印は、バッグの中の小さな1文字です。ほとんどの方が、気にせずに買っていきます。
でも、その1文字が変わる2月に向けて、業者は在庫を抱え、市場は薄くなり、その隙間で年末年始のセールが動く。買う側から見える景色は、それを知っているだけで変わります。
急いで買う必要はありません。急いで売る必要も、もちろんありません。ただ、いつ何が起きているかを知っている人のところに、良いものが回ってくる。そういう世界だと、私は思っています。


